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3つの自立 [自分のこと]

アンバランス・・・

私の事をよく現した言葉だと思う。

もう41歳だけど、自分の子供がいないからいつまで経っても自分自身、子供。
親に甘えてる。

自立には確か、3つの自立があるって、中学時代の担任が卒業の時、言葉を贈ってくれた。
「経済的自立」「生活自立」「精神的自立」だ。

※参考:自立するということ
http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/dfiles/d-files12.htm

私は自立出来てるのだろうか?

先ず経済面。
収入源は障害年金のみ。
とてもじゃないが現状では1人暮らしはできない。

次、「生活自立」。
「生活自立」とは、簡単に言えば生活に役立つ技能を手に入れるということである。
大人になってからは、市役所で住民登録など公的な面でもさほど困難を感じずにやり通すことができること、公的な機関や地域の人々とのちょっとしたトラブルにも対応できること、そうしたことが挙げられる。
早ければ18歳ごろ、遅くとも20代前半までには終えておきたいことである。

と上記参考リンク先には記載されている。
精神疾患が酷くなるまでは、出来ていたと思う。

でも今、先ず外に出ることが、精神状態のいい時じゃないと出来ない。
出不精になっている。
障害年金の申請をしたときは、母に手伝って貰った。
離婚の調停・審判の時も親につきそってもらったっけ。

私は精神的に脆くなってから、
それまで出来ていた事が出来なくなった。

そんな私だから、
「精神的自立」なんて出来ているはずがない。

私はいつまでも我が儘で、情緒不安定で、自立も自律も出来ていないおこちゃまで。

でもね、
経験値ならあるよ。
それってどうなんだろうね。

経験値は人を大人にするかな?

私は自分を決してバカだとは思ってないよ。
残念ながら大学入試は現役の時 不合格になった頭だけど。

入試に必要な頭と、知性や知的は違うでしょ?

私は、感情的になりやすいかもしれない。
でもそれは精神疾患特有の症状。

何が言いたいの?
ってまた誰かに言われそうなまとまりのない文章になってしまったから、
これぐらいにしておこう。

要は私はアンバランスで、まだまだ自立できてないけど、それは病気のせいだってこと!!

病人で悪かったわね。(`へ´)フンッ。


タグ:3つの自立
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2006年(平成18年)11月3日、えみまろのBedを占領するマロン [愛犬マロンの思い出]

こんばんは。私はまだ鬱状態・ペットロス状態です。

なら、思いっきりマロンの想い出に浸ろうと写真の整理をしています。

マロンが家に来て直ぐの頃、私はデジカメも携帯のカメラも持ってませんでした。

だから、今更ここに載せるのはあまりにも拙すぎる物ばかりで。

デジカメや携帯のカメラを持つようになってからの物だけ順不同に掲載していきます。

~☆彡・~☆彡・~☆彡・~☆彡・~☆彡・~☆彡~・☆彡~・~☆彡・~☆彡・~☆彡・~☆彡~・☆彡~

家に来た当初はケージで一人おとなしく寝ていたマロンですが、
いつからか、先ず最初に私が「マロンと一緒に寝たい!」と言い出しました。

私は結婚の為一時期家を離れていましたが、別居してまた実家に戻ってきてからは
独身の時の様に一緒に寝ていました。

昔の写真はそれこそフロッピーディスク(FD)に保存しています。

先ず見つけてきたのが2006年11月3日の深夜に撮った写真です。↓

PICT0473.JPG

2006年の11月だから、マロンは既に5才?

写真をよく見たら、なんか薄目開けてる?

マロンはそばかすがあるんだよね。

マロンの血統書を見たら、マロンのおばあさん犬はキャンディって名前だった。
きっと、キャンディ・キャンディみたいだったんだろうなぁ~。。。。。

キャンディ・キャンディ.jpg

↑これがキャンディ・キャンディ。
子供の頃アニメや漫画見てました。

マロンは♂だけど、よく女の子に間違えられたね。

トリミングに行ってもいつも赤とかピンクのおリボンをつけて帰ってくるの。

私は、マロンと一緒に寝るのが大好きだった。

私のBedはシングルだから、マロンと一緒に寝るとマロンに占領されちゃうの。

マロンは、
常に身体のどこかがくっついてないと嫌みたいで、腕枕を要求してきたり、私の心音を聴くと安心するのか胸元で寝ることが多かった。

マロンは本当に可愛い子でした。

マロンが虹の橋へ逝って、私はまだ独り寝に慣れてないのかもしれない。

マロンを抱っこして、腕枕して、また一緒に寝たいな。

マロンは私の全てだった。

子供のようで弟のようで、恋人のようで・・・。

今は、枕元にマロンの写真を飾ってる。

スマホの中にはマロンの写真が沢山残ってて、寝るときはスマホを横に置いて寝てる。

マロン、今でもずっと一緒だからね。

誰が何と言おうと、マロンは私達家族にとって、いつまでも一番可愛いワンちゃんです。


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マロン、ごめんね・・・・・。 [愛犬マロンの思い出]

ちょっと今、鬱状態です。

原因はハッキリしています。

とある人のブログを見てしまったから。

マロンの最期とその人が飼っていた犬の最期があまりにも違いすぎて、
マロンが可哀想で惨めに思えてきたから。

なんで?
なんで?
なんでなの?

あんなに可愛いマロンが長く苦しい闘病生活をし、
最期は家族だけにそっと看取られ虹の橋へ逝きました。

私が悪いの?

その人と何が違うの?

ごめんなさい。

今、ちょっと泣きながら感情的になってます。

冷静さを取り戻すまで、
このブログはnice!もコメントも受け付けない設定に変更します。


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先日、父が心臓の手術をしました。 [家族のこと]

家庭内のことですが、
先日(6月10日)父が心臓の手術をしました。
前日(6月9日)に執刀医から手術の説明があり、叔母さん(父の妹さん)と、母と私の3人が説明を聞きました。

家の近くの開業医で「心雑音がある」と言われ、総合病院に紹介状を書いて貰い、
先ずは5月に循環器内科に検査入院しました。

検査入院の結果、開胸して心臓に人工弁(父の場合は動物から得た生体弁)を置換する手術をすることになりました。

6月6日(金曜日)に再入院し、
翌土曜日には私の兄夫婦と、甥っ子ちゃん夫婦が又姪(甥っ子ちゃんの娘・父からしたらひ孫)3人を連れて見舞いに来てくれました。

※又姪(「まためい」と読みます)

父は、自分のひ孫ちゃん達からお手紙や写真を貰ってとても嬉しそうでした。
まだ幼いので、お手紙や写真は甥っ子ちゃんのお嫁さんの気遣いがあってのことです。

10日の手術の日は朝9時から手術が始るということで、
母と私は8時半頃には病院に着くように電車で行きましたが、
病院に着くと既に兄夫婦が車で来てくれていました。

手術が始る前に、担当の看護士さんが「ご家族の方はこちらでお待ち下さい」と控え室に案内してくださいました。

事前に説明されていましたが、
手術は午前9時から始り、手術室から出てくるのが夕方になる予定ということでした。

私は二日続けての外出と相変わらずの睡眠不足だったので、
兄夫婦や母から「自宅待機してていいよ」と言って貰い、父が手術室に入るのを見とどけてから自宅に戻りましたが、
心中穏やかでは無かったです。

この日(6月10日)はちょうど、我が家にとって「マロン記念日」(マロンが家族の一員になった記念の日)でもありました。

自宅に帰った私は、先祖代々のお仏壇やマロンの遺影にむかって、
「お父さんの手術が無事成功しますように」と何度もお願いしました。

夕方になって、母からスマホに「無事 手術終わりました」とメールが届いた時はホッとしました。

手術後はICU(集中治療室)に入りましたが、12日(木曜日)には一般病棟に戻る快復の早さでした。

父の入院先の総合病院は私が普段 通院しているのと同じ病院なので、
自分の通院日である火曜日には病室に見舞いに行きました。

25日(水曜日)には無事退院し、現在は自宅療養しています。

開胸した傷跡は約27cmもあり、痛々しいです。

そして、
26日(木曜日)、母は市役所に身体障害の申請をしに行きました。
医師の申請書では1級になっています。

※身体障害は程度により1級から4級まであり、
1級が一番重度です。

認可まで一ヶ月ほどかかるそうですが、
父は間違いなく身体障害になるでしょう。

身体障害者の父と精神障がい者の私。
母は緑内障を患っているので、これでもし母が失明でもしたら視覚障害者になり
家族3人共が障がい者になってしまう・・・・・。

そんな最悪の事態を逃れるため、
母は今、気丈に振るまい
眼圧を下げる点眼薬を使っています。

私は、
自分が精神障がい者の認定を受けている事に対して、
複雑な感情を抱くようになりました。

今回は父の手術の事をメインにしたいので、
このことはまた改めて書く事にします。

とある本で
『40代は親と一緒に過ごせる最後の10年間と思って接しなさい』という趣旨の事が書かれていました。

父は今73歳、母は64歳です。

因みに母方の祖父母は薄命で、今の私の年齢の時には、
母は自分の両親を亡くしていました。

父は仕事人間なので、
「障がい者の認定を受けてでも出来る事があれば働きたい」と言っていますが、
この先どうなるか分かりません・・・。

でも、悲観的にはなってませんよ。^^

「何とかなる!」って前向きに。

この記事へコメント下さる方がもしいらっしゃいましたら、
どうか同情ではなく、応援コメントをお願いします。

大丈夫。私達家族は大丈夫です^^


ブログを再び書くようになって・・・。 [独り言]

ブログを再び書くようになって、
私はそれまでどこにも書けなかった事を一気に書いている。
正直寝不足だし、目も疲れてる。
それでも久しぶりのブログが居心地いい。

ただ残念なのは、以前交流のあった人のブログが非公開になっていたり、
休眠状態だったり、削除されていたとき、寂しいなって思う。

 私も以前、何も言わず突然ブログを完全閉鎖したから、
同じように思ってくれた人いるのかな?

ネット上のオンラインの繋がりって、人によっては脆いものかもね。

でも、
ここで知り合い、直筆のお手紙や贈り物、季節のお便りを交換しあえる人に出逢えたのも事実。

インターネットには恩恵も弊害もある。

それは実社会でもそう。

インターネットは顔が見えない分、実社会より過激になったり暴走したり、誹謗中傷があったりするけどね・・・。

傷つくかどうかは結局自分自身なんだって最近思えるようになってきた。

心ない発言をする人はスルーして拒否したり削除したりすればいい。

それが、我が身を守るために必要な事。

連絡が取れなくなったソネブロ会員さん達が、
元気でいてくれたら・・・と思います。

継続されている会員さん達には敬服します。

 私は・・・・・。
せっかく復帰したんだから、
強い心で継続できるように頑張ります。 


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機能性ディスペプシア(FD)について [消化器内科の通院記録]

私は、20代半ばに重度の精神的ストレスを感じ、胃を悪くしました。

当時の医学では、「急性胃炎」や「胃潰瘍の疑い」としか診断されず、
処方された薬で乳汁分泌異常の副作用がおこりました。

乳汁分泌異常は分泌量の大小こそあれ20代半ばから41歳になった今日までずっとあり、
それが不妊の原因にもなっています。

その後、時代が流れ医学も進歩し、
「逆流性食道炎」という病状が医者に対しても患者に対しても知られるようになり、
私は他の診療科で受診している総合病院の消化器内科を受診するようになりました。
平成21年8月4日の事です。

診察の結果、
プロトンポンプ阻害薬(PPI)が先ず処方されました。

※プロトンポンプ阻害薬とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%97%E9%98%BB%E5%AE%B3%E8%96%AC

プロトンポンプ阻害薬をしばらく内服しても症状が改善されないので、
今度は胃カメラ検査をすることになりましたが、胃カメラ検査の結果は異常なしでした。

それでも私の不快症状は治らないので、
次に一泊二日の検査入院をしました。
このときの検査は、
24時間食道内pHモニタリングという検査で、鼻から食道に2本の管を通し、
その状態で食事したり普段と同じような生活を病院内でしながら胃散の逆流やpHを調べるといったものでした。
(バリウム検査もしました。)

検査入院の結果、胃散の逆流が認められたので、診断名が正式に「逆流性食道炎」になりました。

その後、担当医が退職の為かわり、
新しい担当医になり、
さらなる医学の進歩もあって、私の病名は「機能性ディスペプシア」と告げられました。

*機能性ディスペプシアとは
https://www.astellas.com/jp/health/healthcare/fd/basicinformation00.html

機能性ディスペプシアのお薬も開発され、アコファイドという薬を今は飲んでいます。

消化器系の病気は、再発しやすい病気が多いです。
そして、
薬代が高いです(ノД`)
収入が限られている私にとって、決して安いとは言えない消化器内科の薬代。

生きるとか死ぬとか難病じゃないけど、
生活の質(QOL)は低下しています。

一生付き合っていかなければいけない慢性疾患なので、
厚労省のなんらかの配慮が欲しいです。


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軽度の摂食障害です。 [メンタル]

私は、自分の事を軽度の摂食障害だと思う。

摂食障害と言っても、
私は過食後、口の中に指を入れて吐き出すことが巧く出来ない。
かわりに、大量の下剤を投入する。
そうやって、なんとか体重を維持しようとしている。

それでも、
若い頃に比べると随分太ってしまった。

まぁ、
若い頃が痩せすぎてたんだけど。
なんせ身長160cmに対し体重36kg、ウエスト52cmという、自分でも驚異的な数字を保ってた。

それが、いつからか太り始めた。

薬の副作用もあるかもしれないし、
年齢的なものもあるかもしれない。

でも、いわゆる【下剤ダイエットを続けていたら、
【大腸メラノーシス】といって大腸の粘膜の色が真っ黒に近い状態になるそうだ。
(別名【大腸黒皮症

大腸スコープの経験は無いけれど、
きっと私の大腸粘膜は荒れてるだろうな~。。。

下剤ダイエットがダメなこと、
頭では解ってるんだけど、ストレスがたまった時とか、つい暴飲暴食しては下剤を大量に飲んでる。

こういうのも、
きっと自分のメンタルの弱さからきてるんだろうね・・・・・。

※参考:大腸メラノーシスの原因と危険性について
http://benpi119.com/gezai/daicyo.html


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マロンと出逢った日の事。 [愛犬マロンの思い出]

今は亡き愛犬マロンとの想い出を、当時の懐かしい写真と共に綴っていこうと思います。

出来るだけ時系列にそって書いていくつもりですが、私の事ですから順不同になるかもしれません。
その点ご了承下さい。

先ず、最初の写真は2001年(平成13年)6月10日、マロンが私達家族の一員になった記念の日の1枚です。

2001.6.10.jpg
当時はデジカメも携帯のカメラも無くて、現像した写真をみたら失敗ばかりで・・・。
「犬の写真を撮るのって難しぃー」とつくづく思う毎日でした。
それでも、
私が結婚して(離婚しましたが)家を離れるまでは、毎日写真を撮っていました。
マロンとは、家の近くのペットショップで出逢いました。
ちょうどその年の春60歳で定年退職した父が「犬を飼いたい」と言いだし、
退職金の一部で迎え入れた子です。
マロンを飼う決め手になったのは、
顔をなめ回さないこと、でした。
この一見犬らしくない行為ですが、父は犬が人間の顔をなめ回すのは不衛生だと考える人だったので・・・。
(これには、それぞれ犬のオーナーさんの考えがあると思いますので、ここでは議論しないで下さい。)
自宅に連れて帰り、その日はマロン一人をケージの中で眠らせましたが、
夜鳴きすることもなく、おとなしく寝てくれました。
そういえば、
マロンという名前は2日目にしてやっと決まって、
1日目は「ワンちゃん」って呼んでました。
そんなマロン、2日目にはすっかり我が家に打ち解けて、へそテンをして寝るようになりました。
その証拠写真が何故か今 見あたらないのですが、
見つかればまた掲載したいと思います。
6月10日は、私達家族にとって、「マロン記念日」なのです。
また、マロンとの想い出書きますね。[犬]

タグ:キャバリア
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ロゼレム錠8mg [精神神経科の通院記録]

私は、概日リズム障害という持病があります。

概日リズム障害とは、
簡単に言うと睡眠障害の一種です。

先日(6月24日)の診察で、
ロゼレム錠8mgが追加されました。

ロゼレム錠は、
体内時計を整え、寝つきをよくするお薬です。

 私は毎朝6時には朝食の準備をする生活を送っているので、
医師からの指示で、逆算して21時ごろ内服するように処方されました。

※因みに、1回(一晩につき) 8mgの錠剤1個です。

このお薬は、
メラトニン受容体作動薬という新しいカテゴリーの不眠症治療薬です。

で、6月24日(火曜日)の晩、早速21時頃内服し、布団に入りました。
結果・・・。
2~3時間で覚醒してしまいました。(´д`)

覚醒後はいつものようにパソコンを開いてみたり、読書をしたりして過ごし、朝方になって力尽き、また布団に入りました。

6時に目覚ましが鳴りましたが、
寝起きは悪く、水曜日は一日中倦怠感がとれずボーっとしてました。

ロゼレムを内服してから今日(金曜日)になって、少し日中の倦怠感がマシになってきました。

取り敢えず、初めて飲むお薬なので様子見という事で14日分処方して貰っています。

 私が気になるのは、
まれなケースですが副作用でプロラクチンの上昇がある点です。

※プロラクチンが上昇すると生理不順、無月経、乳汁分泌異常、性欲減退をもたらします。

 私は薬の副作用で既に20代半ばから乳汁分泌異常があります。
また、5月6月と二ヶ月連続で無月経です。

このことは担当医に伝えていますが
不眠症も改善されないのでロゼレム処方・・・・・。

今の担当医は女医なので、無月経のことや乳汁分泌異常のことなど話しやすいのですが、
薬の処方には担当医も悩んでいると思います・・・。

14日間、真面目に内服して様子を見てまた受診します。

【参考】
※おくすり110番: http://www.jah.ne.jp/~kako/

※概日リズム障害とは: http://www.suimin.net/step1/syndrome/type_c/


写真を撮る機会が減りました・・・。 [自分のこと]

ご訪問ありがとうございます。

昨秋に愛犬マロンが虹の橋に逝ってから、
被写体が居なくなったので、
めっきり写真を撮る機会が減りました。

一時期所有していたデジイチですが、
今はもう所有していません。

このデジイチですが、
元々は当時付き合っていた彼の私物でした。
それを、
譲り受けたのか借りているだけなのか、曖昧なまま使っていました。

その彼と別れることになったとき、
何度も2人でこのカメラをどうするか話し合いました。

決して安価なものではないし、元彼にとっても愛着のある大事な物です。
一時は「返せ」と言われたりもしました。 

ですが、
元彼の方から
「デジイチを持ってることで行動範囲が広がり、積極的に外に出掛ける事が出来るなら、そのまま持っていていいよ。」
と言ってもらえるようになりました。

だけど、
私ダメなんですね・・・。
独りじゃデジイチ使いこなせない。

色々考えた末、
お返ししました・・・・・。

今、
私の手元にあるカメラはコンデジとスマホのカメラだけ。

そのカメラもすっかり出番が減りました。

写真を撮る気にならないのですよね。よほどの事がないと気が乗らない・・・。

このブログ、写真の少ない文章だけのブログになるかと思います。

それでもよければ、
またご訪問下さい。

えみまろ


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